
この写真は昭和29年1月、今から54年前のもの。
私の両親の結婚写真です。
父・29才、オカン18才。
さて今日はまず、当時の田舎の結婚事情とやらをお話します。
オカンが生まれ育った福井県小浜市郊外の農村では、
結婚と言えば大半が「親が決めた結婚」だったとか。
つまり、親が見つけて来た相手と強制的に結婚させられるのです。
今なら考えられないようなケースですが、
当時の封建的な農村では、まだまだ女の子の自由が少なく、
恋愛の自由すら認められない、そんな時代でした。
だから恋愛結婚など当時聞いたこともない、と
オカンは申しております。
恋愛だけではなく、進学の自由も認められず、
「女の子は学問をつけさせると生意気になる
=嫁のもらい手がなくなる」
と言う理由から、ほとんどの女の子が
中学卒業後は高校進学を許されず、
結婚までの花嫁修業(家事見習いなど)を兼ねて
どこかに住み込みで働きに行かされるか、
裁縫やお花など、花嫁になるための勉強をする
花嫁学校のようなところに行かされるかが大半だったそうです。
オカンが中学を卒業したのは昭和26年。
今の時代から考えると、全く信じられない不自由さですが、
当時の田舎の農村ではそんな常識がまかり通っていたようです。
オカンも親の言いつけで花嫁学校に行かされ、
特に和裁と洋裁、お花にお茶をみっちりとしごかれたそうです。
後に結婚してからの貧しい時代には、
そこで習った裁縫で内職をしたり、
私たち家族の服を仕立てたり、とおおいに役だったそうで、
「あの学校で習ったことは無駄にはならなかった」
とは言っていますが、
「せめて高校には行きたかった。
高校がどんなものか、当時はすごく憧れた」
と言うのを何度も聞き、その都度、切なくなりました。
・・・・・・・・・・・・・・・
話が脱線しましたが、
昔の女性には恋愛すらしたことがない女性が
多かったのではないでしょうか。
自発的に愛するでもない、ただ親に決められた相手と結婚し、
そのまま家庭を作っていく。
恋愛を経験することもないまま、
一生を終えた女性はかなりいたと思います。
オカンもその代表のような人で、だからどこか
「(したことがない)恋に憧れる」ようなところがあり、
手の届かない芸能人にキャーッ♪となっていたのも、
そうなんだと思います。
オカンがミーハーになったのも何だかわかる気がします。
まあ、恋愛を経験出来なかったのだから、
それぐらい大目に見てやろうじゃないかと、
父も半ば呆れつつ、許していたようなところがありました。
そんな不自由な青春時代を過ごして来たせいか、
オカンは兄や私には、許される限り、
やりたいことは何でも自由にやらせてくれました。
あれをやるな、これはダメ、などと
ブレーキをかけられたことはめったにありません。
むしろ、自分が出来なかった悲しさを、
子供には味あわせたくない、と
思っていたようです。
不自由な青春時代を送ってきた親御さんなら、
ほとんどの方がそう思うのではないでしょうか。
両親の結婚写真を見るたびに、
あの時代の女性の不憫さと、
自分が自由を満喫出来る時代にいるありがたさを、
しみじみ痛感します。
- 2008/07/07(月) 01:54:15|
- フォトコラム
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